シモネッタのデカメロン ― イタリア人の驚くべき恋愛力!①
2023年に一時帰国した時、過緊張で眠れない時があった。情報量の多い診療や薬のことを考え始めたら、体の疲れとは裏腹に目が覚めてしまって、気が付けば時間がどんどん過ぎていく。そんな時に読んだのが、このイタリア語通訳の田丸公美子さんのエッセイ本。あまりの面白さに、心身ともに一気に力が抜けて、大笑いしながら眠りについた。ちなみに家族に紹介したものの、「電車の中で読むのが恥ずかしい」と言われて、「勇気を出して良いのよ!」と鼓舞?したのは、その中の「シモネッタのデカメロン ―イタリア人の驚くべき恋愛力!」という(帯)の本でした。
今の時代、海外をテーマにしたブログや本はたくさん世に出ている。ちょっと作文が上手い人だったら、海外に行かなくても「海外に行った風」のそれらしい文章も、ちょっと調べたら書けるくらいの情報化社会だ。だけど、この田丸さんの本では彼女が実際にやり取りをした出身も職業もバラバラなイタリア人の会話(それも1分や2分ではない!)がしっかりと、映画の脚本並みにしっかりと記されているから、とにかく飽きない。こんな表現を使うんだ、こんな風に会話が進むんだ、と思いつつ、目を閉じればイタリアの風景が広がっていく。
一口に「国」とか「文化」と言っても、人の数だけその国の見方は生まれる。以前、とあるドイツ在住の料理家が、「ドイツ人は料理をしない。その時間が無駄だと考えているようだ」と投稿していた。だけど一方で、とある写真家は、「夢を叶えるためにはクリエイティブであるべき、だから(外食とかお惣菜も良いけど)自分の手でもっと料理しよう」と本に書いていた。前者は「日本人だったら料理する」ということが前提になってるし、後者は「日本には、いくらでも食事を買うという選択肢はあるけど」という事実が根底にある。二人とも東京で生まれ育ってるのに視点が違って面白いなと思ってたし、私自身は、日本は食文化のレベルが素晴らしく高いけど、同時に世界で最も「便利」な国だから、料理を一切しなくても充実した食事を楽しめる国で、だから料理をする人としない人の差が開いてそうだと認識していた。そもそも労働時間長いし。
それでも、その土地に育つことで共通として身に付く知識、常識、感覚が存在するのも事実だと思う。だから、昨年イタリア出身のCと知り合った時、次会う時はこの田丸さんの本について聞いてみたいと密かに願っていた。本を読むうちに、実際にイタリアの生活・考え方について、実際にインタビューしたくなったから。イタリアで生まれ育った人の生の声を聞いてみたくなったから。
ということで、ドイツの韓国料理レストランで彼女とその日待ち合わせた。トッポッキとチャプチェとキムチチャーハンをほおばりつつ、早速田丸さんの本を見せながら、田丸さんを「他己紹介」し始める。自分の母国について語られた本があるってやっぱり嬉しいもので、日本(正確に言うと、韓国と中国も含めた東アジア)に興味を持っている彼女は、本を手にしながら「日本の本はやっぱり丁寧に細部まで作られてるね」と言いながら興味深そうに眺めて、記念写真を撮る。色とりどりの付箋は、私が質問したい箇所だ。
早速、質問開始。ジェノバの人はケチで、ナポリの人は情熱的な人が多いといった一般的なイメージがイタリア国内にあると書いてあるんだけど、本当? Cによると「ある。間違いなくある。」とのこと。彼女はナポリ近くの町出身で、彼の家族はお客さんが来るとお客さんの人数の倍の料理を作って待ってるとか・・・。そのくらいおもてなしの精神がある。これは私なりの肌感覚だけど、そういった精神はドイツにあまり無くて、でもイタリア内部でも北部は少し違った空気感らしい。なお、ナポリは物凄くエネルギッシュな場所で、「来たら、大好きになるか大嫌いになるかの2択だよ」とも。この瞬間に、私は今後イタリアへ行く時は絶対ナポリに行こうと決意した。
