日常生活

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    お人形のプレゼンテーション

    2023年の秋まで、毎月一回ライプチヒのバレエ教室に通っていた。一時間もかけて通っていた理由は、そこがウクライナ出身の先生が質の高い授業を提供してくれる教室だったから。そして、教室に通う旧ソ連圏出身と思われる生徒のレベルも同様に高かったから。そういえば、アイドルを目指す子が、夢に向かって地方からダンスのレッスンを受けに通うって、きっとこんな気持ちなんだろうなと思いながら、毎月せっせとICE(ドイツの新幹線のようなもの)のチケットの購入ボタンを押していた。 その日も、いつものようにライプチヒで午前中にレッスンを終え、友達に会ってから20時半にライプチヒ中央駅発のICEに乗り込んだ。ドレスデン中央駅行きの列車はそれなりに混んでいて、予約していた席に着くと、乗客が次々と乗り込んでくる。しばらくすると、3歳くらいの女の子が、お母さんに連れられて乗り込んできた。窓辺の席に座っていた私と、列車の通路を歩く女の子の目が合ったので、「Hallo!」と手を振りながら声を掛けた。女の子は、一瞬ニコッとしたけれど、照れていたのか何も言わない。まだ、人見知りなのかな。あるいは、やっぱりマスク姿で声を掛けられるとビックリしちゃうのかな、そう思いながら窓の外をぼんやりと見ていた。 そして30分くらい経ち、私が一日歩き回って疲れた体でウトウトし、その女の子の存在をほぼ忘れかけた時だった。彼女が突如一人で私のところにやってきて、話しかけてきた。小さな手には、手作りのお人形をいくつか持っている。「Weisst du? Das ist Otto und er ist jetzt 6 Jahre alt. 」(あのね、この子はオットーで、今6歳なの・・・・)と、自分の名前を名乗る前に、自己紹介ならぬ他己紹介(それも、人ではない。いや人形だから、ちょっと近い?)を始めた。この時点で私は彼女と初対面だったのに、第一声が「あのね・・・」という親しみを込めた表現だったので、思わず笑顔になってしまった。同時に、過去にこの女の子と会ったことってあったっけ?と記憶を探ってみたけれど、何をどう考えても面識はなかった。 ドイツも、日本以上に外国人の比率が高い社会ではあるけれど、3歳の女の子が突如お母さんから離れていかにも「異国から来た」見知らぬ外国人に真っ直ぐ向かう子が多いかと言えば、そうではない。私はその時列車の中で眠りにつく直前だったこともあり、「見知らぬ女の子が近づいて来た」という事実を認識するのに時間がかかった。本当に、自分が夢の中にいるのかと思ってしまった。 お母さんは?と聞くと、小さな手で進行方向の反対側を指しながら、「あっち」と答える。確かにお母さんらしき人は、同じ車両にいるはずなので、私も安心して彼女に耳を傾け始めた。 この子は、イーダで、6歳なの。この子は・・・・この子は・・・・ ICE内で突如開始した彼女のお人形プレゼンテーション。それぞれの人形に、名前と歳が設定され、洋服も、青、赤、緑、と多様な色とデザインで作られている。女の子が語ると、くりくりとした大きな目が輝き、彼女の目の前にはお人形が生きている世界が実在しているよう。 ふとよく見ると、彼女が手に持っていた人形には、肌が白い子も、黒い子もいることに気が付いた。日本では、ほぼ「肌色」でしか遊んでなかった私にとっては、実に新鮮だった。彼女が「様々な人と遊べるように」と願って、様々な色を選んだのだろうか。その想いも含め、お母さんがたくさんの人形を愛情込めて手縫いしたことが分かる、そんな人形だった。ちなみに白い女の子の人形(2体目)の名前はイーダで、何か聞いたことがある名前だと思ったら思い出した。ケストナーの伝記に出てきた、実母の名前がイーダだったこと。ドイツも含め、欧州の名前は基本的に、日本ほどの名前における時代の変化はあまりない印象を受ける。確かに、今の日本で3歳の女の子が持っている人形が「お菊」だったら、確かに驚いてしまう。むしろ「オキク」という「奇跡的に日本語と語感が似ている」外国語だと判断する可能性すらある。 お人形たちの年齢もバラバラだったけど、最年長は6歳だった、彼女の世界では6歳は、大人に近いのかもしれない。地球のどこかの部族で、5とか6以上は「いっぱい」と表現する部族もあると聞いたことがあって。そうか、彼女はこう世界を認識してるのか・・・。 さて、突如彗星のごとく現れた、お人形のプレゼンテーションをする3歳のドイツ人の女の子。理由は分からないけれど、突如私の席に遊びに来てくれた?のだから、せっかくだから楽しい時間を過ごしたい。そう思った私は、プレゼンテーションに反応しつつ、私は質問をし始めた。この辺りで、周りの乗客の何人かが、私たちの会話を聞いて微笑ましい表情でちらちら見始めたのが分かる。確かに、静まり返った電車で聞こえるのは、この3歳の女の子のお人形に関する情報だったので、明らかに異彩を放っていた。 「このお人形の洋服は可愛いね。」「ママが作ったの!」 (その日は私が赤いレギンスを履いていて、女の子も赤いシャツを着ていた。)「私と同じ、赤い色だね!赤が好きなの?」 そして、少しずつ女の子が自分のことを話してくれた。お人形は、お母さんが全て手作りしてくれたこと(すごい)人形の洋服もお母さんが作ったこと(これも私の人生には無いプランだ)自分はバレリーナになりたいこと(むしろ一緒に踊る?)誕生日にバレエの衣装であるチュチュをもらうこと(もはや喜ぶ瞬間を見たい) 案の定、3歳の子が喜ぶようなおもちゃを持ち合わせていなかった私は、取り急ぎ自分のバックを見渡したものの、中に入っているものは携帯、財布、バレエ関連用品(しかも、当日汗が染みこんでる練習着など)と、会話が盛り上がるものが無かったけれど、一つ見つけたのだった。会社の先輩からオランダ土産にもらった、ミッフィーの木靴のキーホルダーを!そのオランダ土産の木靴が、女の子が持っていたお人形の足のサイズにピッタリ、という奇跡が起きたのだった。キーホルダーをお人形にくっつけると、確かにお人形が「自然に」履いているみたいに見える。女の子が「ピッタリ!」と目で反応をした。 そんな彼女は、プレゼンテーションをする喜びに目覚めたのか、残りの人形と動物のおもちゃを持っていると思われるお母さんがいる席に行き、10分に一回くらいの頻度で新しいものを取りに行き、ひたすらお人形紹介を続行していた。ドイツでは乗馬が盛んで、日本以上に人気の習い事である国。途中で馬のおもちゃを持ってきて、私は「あ、ドイツっぽい」と思いつつ、「この子はメスなんだけど、名前が無いの。名前、付けて良いよ」と人生で初めて3歳の子に列車内で名づけの権利をもらったので、「うーん、じゃあコンスタンツェ(思いついたドイツ語の女性の名前)にする」と提案をした。「この子はオスなんだけど、この子も名前が無いの。名前付けて良いよ」とまた言われ、「じゃあ、シュテフェン(思いついたドイツ語の男性の名前)」とまた提案をした。しばらくすると、お母さんらしき方が近くに来て、女の子が私と話していることを確認して戻っていった。列車の中で声を出しているのは女の子だけだったので、キャッキャッと楽しそうな声で生存確認は出来てるけど、実際に誰と話してるかだけ確認している様子だった。 ICE内ではお手洗いに行くために通路を通る人がいる。女の子のプレゼンテーション場所は列車通路で、私は通路側の席に座っていた。他のお客さんが通路を通る度に、(彼女から私に接近してきたとはいえ)最初は人様の子であまりスキンシップをしてはいけないと思い、彼女の柔らかくて、ぽんぽこりんなお腹を手のひらで優しく押して、さりげなく向こう側の座席に彼女の身体をどけて他の乗客が通れるようにしてあげていた。だけど、時間が経つにつれ心の距離が急速に(!)縮まり、気が付けばハグをして私の方に彼女を引き寄せ、通れるようにしてあげる私がいた。彼女もあまりにも自然にハグされているので、こちらも驚いてしまった。そういえば、私達の知り合い歴はまだ30分だ。一体、彼女にとって私はどんな風に見えてるんだろう。  彼女とおしゃべりをし始め、30分くらいが過ぎたころ、ドレスデン中央駅手前の駅に到着する、というアナウンスが流れた。女の子のお母さんが Vielen Dank für Ihre Geduld.(辛抱強くいてくれてありがとう、というニュアンス。)と御礼の言葉を私に伝える。まず最初に出てきた言葉が、遊んでくれて、とかではなく忍耐という単語だったことに思わず笑ってしまった。 「この女性に、さようなら、って言った?」とお母さんが女の子に聞いても、女の子は私に「あのね・・・この子はね・・・」とお人形のプレゼンテーションを続行する。愛おしいほどに、嚙み合っていないドイツ語の会話。お母さんが「さようなら、って言うんだよ」と何度も教え、ついに女の子が(意味が分かってなさそうだったけど)さようなら、と発音したところで丁度列車が駅に到着し、親子は降りて行った。 確か茶色の髪に、茶色の眼だった彼女。その色の組み合わせの子供はドイツで数え切れないほどいるので、もしも道端で会っても気づく可能性の方が少ない。そして、彼女はもう私の事を覚えていないだろうし、きっと私たちが再会することは2度と無いはず。だけど、突如舞い降りてきた、ささやかな幸福が詰まった列車での時間を今でもふと思い出す。 人間になりかけている、今にも宇宙と交信してそうな不思議な子ども。3歳までは神の子、とはよく言ったものだと思う。いや、もしかしたら本当に神様の子どもだったのかもしれない。