インタビュー

翻訳者のつぶやき①


~日本語上級者から見た日本語の世界~
韓日翻訳を手掛けるSさんにインタビュー


Sさんプロフィール : 1989 年韓国・ソウル市出身。テグ(大邱)育ち。
大邱カトリック大学院日本語日本文学学科卒業。


現在、どんな仕事をされているのでしょうか。


韓国生まれのスマホ向けの縦漫画「ウェブトゥーン」を日本のプラットフォームに納品するための、「ローカライズ(現地化)」を行う会社に勤めています。担当は、母国語である韓国語から日本語への翻訳。漫画の種類も、恋愛、ファンタジー、スポーツ、と幅広く、常に8作品から9作品を同時進行で手掛けています。フリーランスでは、日本語の通訳や翻訳の仕事も大学院の時からやっていました。


日本語に興味を持ったきっかけについて教えてください。


7 歳くらいから、NHKチャンネルが韓国で放送されるようになり、カードキャプターさくらのオリジナル版(韓国語字幕無し)を偶然一瞬見たんです。その絵の綺麗さと細部に惹かれたのが、きっかけでした。それ以降は、犬夜叉、名探偵コナン、エヴァンゲリオン、ナルトといった少年漫画もアニメと漫画で見るように。同時に、J-popにも興味を持ち、X-Japan、浜崎あゆみ、椎名林檎などを聞くようになりました。

アニメを、韓国語の吹き替えや字幕つきで見始めたのが中学からでした。本格的にストーリーを理解しながら楽しみ、特に一人一人のキャラクターがどんなセリフを言っているのか、耳を澄ませて鑑賞していました。その頃、中学で第二外国語が始まり、迷わず日本語を選択(中国語か日本語の選択でした)。中1から週1回ペースで授業を開始したので、中学卒業までには、ひらがなとカタカナは完全にマスターし、簡単な文法もやりました。更に自発的に勉強を始めたのもこの時期です。また、当時仲良くしてた子が日本語が上手だった、ということにも少なからず影響を受けていました。

高校も公立だったのですが、第二外国語で日本語の授業を3年間受けました。ひらがなから学ぶクラスだったので、もちろん楽勝です。次第に、もっと勉強したいという気持ちが強くなり、高1の時に日本語能力試験の受験を決意。早朝から授業をしている日本語教室を探して、個人的に2、3か月通うようになりました。一回の授業が50分で、先生は韓国人でした。当時の高校は、8時20分までに到着しなくてはならなかったのですが、その日本語の授業の開始時間はその前。月曜日から金曜日まで、母が日本語教室まで毎朝車で送ってくれ、授業の間はずっと駐車場で待っててくれたんです。今でも言われますね。今、日本語で仕事ができるのは自分のおかげだ、と(笑)。日本語は、最初は独学でやろうと思いましたが、「させられる」といった使役動詞や食べる、調べる、する、来る、などの動詞の活用変化など、韓国語とは異なる文法の箇所は説明が必要と感じ、きちんと専門家に教えてもらいたかった。だから日本語教室に通ったことは大正解でした。


生まれて初めて日本に来たのは、高1の時でした。5日間の東京旅行で、初めての海外、かつ家族のために人生初の通訳デビューをしましたね。大学は、大邱カトリック大学の日本語日本文学学科に進学。途中、上智大学に半年間交換留学しました。留学は一年間の予定だったのですが、途中で東日本大震災が起き、急遽帰国せざるを得なかったことが本当に残念で・・・。


最初から現在に至るまで日本語はどうやって勉強しましたか。


中学から大学院に至るまで毎週授業はありましたが、大学の授業以外で、日本語に触れる時間をとにかく増やすことを心掛けました。いっぱい聞いて、聞いて、生活に取り入れて。それ以降は大好きな趣味(漫画)を楽しみながら学ぶイメージです。知ってるけど、すぐに思い出せない表現はスマホでメモ。いわゆる日本語の試験で高得点を取るための、試験対策のような勉強は、大変だったけど、勉強自体には後悔はありません。また、家では常に日本語のアニメやドラマをBGMとして流してました。


日本語の漢字は、大学生の時に集中して覚えました。韓国の学校では、中学と高校の漢文でしか漢字を習わない上、地域によって学習カリキュラムも異なるんです。自分よりも若い世代は、漢字そのものを習っていない人も多いかもしれません。性格面では、オタク気質であることも、功を奏したと思ってます。元々調べるのが苦にならず、むしろ調べないと常に不安を感じてしまうタイプ。その意味では、あまり「勉強」の苦労を苦労とも思ってすらいませんでした。ちなみに、自信の持てない表現は、ヤ〇ー知恵袋などでも調べるのですが、日本人でも同じ質問をしてる人がいて、共感することも多々あります(笑)。ここでは、日本語の些細な表現についてもたくさんの質問が寄せられていて、仕事をする上で大変貴重な存在です。


韓国語を母国語として日本語を学ぶ過程で、気が付いたことはありますか。


韓国国内では、日本に対して同じ漢字文化圏、という一般的なイメージはある気がします。例えば「無理」という単語は、両国で発音も意味も全く同じ。どうしてこんなに似てるんだろうと不思議に思う一方で、やはり日本語はイントネーションが韓国語と異なる言語だとも感じます。韓国語は、ソウルの標準語よりも、南部のテグ(大邱)とかプサン(釜山)などの方言の方が、抑揚がはっきりしていて、イントネーションが豊富なんです。だからこれは個人的な肌感覚ですけど、地方の方言を普段使ってる人の方が日本語が上手く聞こえるような気がしますね。


言語学的には韓国語は日本語から一番近い外国語ですが、どんな点で差異を感じますか?また、漫画の翻訳ならではの難しさは?


まず、どんな単語や言い回しでも、二つの言語において完全に同じ概念になることはないのですよね。例えば、花とか空といった名詞は韓国語でも日本語でも比較的同じイメージで使われます。ですが、一つ一つの動詞や形容詞となると意味する範囲やが変わることが多いと気が付きました。日本でも流行った「愛の不時着」も、舞台が韓国の話として翻訳するのかによって選ぶ言葉が変わっていくなと
思いました。例えば、日本では子どもも親に対して敬語を使わないのが普通。それを考えると、一般的な日本人なら言わなさそうなセリフもドラマの中に多いな、と。


今の仕事は、母国語である韓国語からの和訳です。実際の作業では、漫画内のセリフだけではなく、キャラの表情や口の形も見ながら、翻訳していきます。その後、脳内でキャラクターが翻訳されたセリフを言う場面を想像し、自然かどうかを判断。だから、一つのセリフを翻訳するのに20分くらいかかることもあります。時には原作そのものに、文脈に合わないセリフや、不自然に聞こえるセリフが見つかることも。そのセリフ自体を変えなきゃいけないときが一番辛いです。


翻訳して日々感じることは、韓国語と比較して、日本語の方が、語尾の多彩さ、そして男女の喋り方の違いが目立つということ。


やめろ
やめるんだ
やめて
など、同じメッセージでも語尾でニュアンスがぐっと変わります。話者の気持ちが大きく反映されるのですよね。韓国語では、状況によっては、おとなしい女の子でも、やくざでも全く同じセリフをいうこともあります。だけど、語尾の豊かな日本語ではありえない。


私自身は、大学院の修士論文で「なのだ」「〇〇だ」といった日本語の文末表現の意味の違いやニュアンスをテーマに研究したのですが、実に奥深い世界でした。助教授から「これをテーマに書くの?よく選んだね」と言われたほどです。そしてそれは、それは今の仕事でも活かされていて、研究したからこそ、敏感になっているのだとも感じています。


また、日本語は一人称が豊かな言語。登場人物の一人一人の特性を生かして、どの日本語の一人称がぴったりか、と考えて訳していくのですが、女性でも「俺」とか「僕」を使うこともあり、決して簡単ではありません。また、相手との関係性も考慮することも重要です。見方を変えれば、翻訳者に裁量が与えられる部分でもあるし、翻訳者としてのセンスが問われる場面でもあります。だから新作を翻訳する場合は、そのキャラクター設定に時間がかかります。1話分だから、1時間でできる、という訳にはいかず、その前提となる情報を整理するのに時間が必要となるのです。作中に新しいキャラクターが登
場した時も、言葉遣いを一から選ぶ必要も出てくるのですが、一瞬だけ出てくるキャラクターなのか、それとも伏線の回収として後に再度登場するのか、それによっても翻訳が変わってきます。10話分くらい進むと、ある程度の「人となり」が見えるから、分かるんです。でも、1、2話分だとそれが分からないから、登場人物全員の口調を初期段階で設定しなくてはなりません。


※Sさんが、翻訳のためにしている「登場人物メモ」。以下の情報をまとめながら翻訳作業を行うそうです。


・韓国語名
・日本語名
・画像
・性別
・年齢
・1 人称(私、俺)
・語尾(~です、~だ、~かしら)
・設定及び特徴(出身地、勤務場所など)
・他の登場人物に対しての呼び方


連載中の難しい点は、会社から渡されるデータが、1、2話分ずつしか来ないところです。しかも、話の最後に、重要なセリフが来ることがある(韓国ドラマも、毎回良い所で必ず終わりますが、それと同じです)!ので、作中の人物が今後どうなるのか分からない場合もあり、その場合は、直訳と意訳のどちらが良いのか悩みます。先の展開が読めないまま訳すのは可能な限り避けたい。その意味では、物語が完結していれば非常に気持ちが楽ですね。

忘れられないのは、別の翻訳者が担当していた漫画を、急遽引き継ぐことになった時のことです。会社から、明日から3話分翻訳して欲しいと指示されたのですが、その時点で翻訳はすでに100話を超えていました。スポーツ漫画と、時代物(朝鮮時代)だったので、漫画の内容と前の担当者の翻訳表現を確認すべく、軽くではありますが全て(約200話)目を通してから、翻訳を開始しました。
オノマトペも簡単ではありません。辞書を引いても出てこない表現も無限にたくさんあるので、例えば、「倒れるスペース 漫画」 と検索して、適切な日本語を徹底して探し出します。または、ヤ〇ージャパンの知恵袋に知恵を借ります。罵り言葉も、基本的に韓国語は種類も多く、レベルも日本語と比較して各段に異なるので、和訳する際はどうしてもオブラートに包んで伝える形になってしまいます。罵り言葉なのに(笑)。なので、原語がかしこまった文体である場合の方が、翻訳自体はしやすいですね。法廷、医療現場で使われる単語などは、全部ではないものの、比較的同じ漢字語(かつ、同じ概念)が多いので。

一方で、漫画の翻訳は、物語なので前後のニュアンス、関係性を考慮して訳していかなくてはいけません。漫画の翻訳は映像よりも目に留まる秒数が長いので、読者が目にした時にセリフの印象が深くなりますし。漫画を読むのは子供の頃からずっと好きですが、つい仕事に結びつけて考えてしまいます。もちろん、日本の漫画とアニメを見てる時も、ちょっとした表現を常にメモ。今は韓国語字幕も必ずつけて、自分だったらこう訳すなあ、と考えながら見てしまう癖がついてしまいました・・・職業病です。


翻訳を監修する側の日本の会社と、普段やり取りを行っている中で気が付いたことがあれば教えてください。


現在勤務している韓国の会社が、まずウェブトゥーンの和訳を日本の制作会社に納品し、その制作会社がデータを監修して仕上げて行くというのが、基本的な流れです。そこで改めて驚いたのは、日本側の監修の細やかさ。「あいつ」ですら、作品によって平仮名と片仮名で分ける場合もありますし、他のオノマトペも、この作品には小さな「つ」を入れて、とか、小さな「あ」を入れて、と指示が入ることもあります。戦いの場面で、韓国語では、どれも“쿵”って書かれていても、日本語では状況や雰囲気によって「ドン」、「ガーン」、「ズン…」などにしてほしいと言われたことも。同じ「人間」が走る場面でも、少年が走る場合と、そうじゃない場合とでは、異なるオノマトペを使うことを提案されました。大雨が降っている時のオノマトペは「ザァァァァ」が「ザアァァァ」となり、「ビク」は「ビクッ」に修正要請がありました。


その細やかさを大事に思ってる人が、日本ではこんなにもこの出版業界に携わっているのだ、それが作品の質を底上げしているのだ、と感動しました。韓国語にもオノマトペはそれなりにありますが、日本人の人の方が全体的に大事にしているイメージですね。漫画自体が、文化としての位置付けが高いことも日々感じています。


これからの目標があったら教えてください。

今年に入り、仕事にAIを取り入れ始めました。現時点の印象は、便利ではあるけれど、全て任せるのは難しい、発展途上で限界が見えるな、という感じです。あまり詳しく言えないのですが、前職(エンタメ業界)では、イラストの部分もAIに任せて描かせてみたところ、思いのほか、一から作り上げる手間よりも修正する手間の方が多いことに気が付いて・・・。人間同士の会話のニュアンスが伝わらず、普通に間違えることもあるのですよね。漫画のコマの中の「手」も、AIが描くと、別の登場人物の手になってたり、ということもありました。


ただ、方言などの調べ物は役に立つなと思います。●●の文章を関西弁で言うと?と言うとすぐに出してくれて、助かる存在です。ですが、日本語への翻訳について、明らかにAIが出した答えが間違っているようだったので、指摘されたところ、「よく気が付いたね」と言われたことも(笑)。その意味で、ある程度の語学レベルに達して無い人が使うと、危ないかもしれません。ただ、使い方次第では、すごく良い相棒になれる可能性もあるのは事実です。


AIもどんどん発達している今、自分の仕事が奪われる恐れは常にあります。いつまで今の仕事を続けられるのか、生の人間でしかできない仕事は何なのか、と考え続けています。それでも、漫画は登場人物によって話し方が変わるものだし、私自身は、未来のことよりも今を生きるタイプ。ただシンプルに、もっと日本語の思考回路を持てるようにし、今の仕事の実力を高められたら、と思ってます。


©2026 Kim Myeonghee

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